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 私の母は、平成10年に乳ガンが見つかり全摘手術を受けました。しかし3年後に再発し、再度2度目の手術をしましたが、リンパにも転移し、抗がん剤治療を続けていましたが、平成17年9月、抗がん剤治療のための入院中に大量吐血し、他界しました。
 早朝、病院から電話があり、父と駆け付けた時、心臓マッサージを受けており、医師から「この手を止めたら亡くなります。もう助かる見込みはありません。」と言われ、父と顔を合わせ、医師に「ありがとうございました」と言い、手を止めてもらった光景は、鮮明に記憶がよみがえります。61才でした。
 その3年後、平成20年7月に、父が末期がんの宣告を突然受けました。何もしなければもって3カ月と言う中、抗がん剤による延命治療に入りましたが、胃がんがすでに各臓器に転移しており、10月には自宅に一時帰宅していた際に、意識を失い、救急車を呼びましたが、搬送先が見つからず、2時間、自宅前から動くことが出来ませんでした。救急隊員から「覚悟はしておいて下さい」と言われましたが、搬送された病院での処置で意識が戻りました。
 しかし、11月 治療のための入院中に、痛みに耐えられい状況と医師から連絡を受け、事前に説明を受けていた痛みを緩和し、心肺停止となる薬物の使用について、うなずくことしか出来なくなっていた父に、「もう楽になろうか」と話すと、笑ってうなずいたので、医師に、最後のお願いをしました。親戚や父の友人に電話をし、多くの方に見守られる中で、他界しました。68才でした。
 その後、心臓を患う祖母の介護を私がすることになりました。平成23年11月、介護施設のベットから立ち上がろうとし、転び、大腿骨を骨折し、手術しました。手術は成功しましたが、わずかな出血が続き、急性白血病であることがわかりました。高齢のため治療も限られたことから、24年1月 98才で眠るように他界しました。
 家族を、約6年の間に3人、ガンで失いました。
 調布市では がん対策の推進に関する条例を、令和元年9月に施行しました。がん対策の推進には力を入れ続けてまいります。

 

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